1960年に世界ノンフィクション全集(筑摩書房)の一冊として刊行された翻訳の新装文庫刊。映画を始めとして、ロマンティックな英雄として粉飾された姿しか知らぬ読者には、時に文中に述懐される大英帝国の利益の為にアラブ民族を利用したのではないかという欺瞞への自省が率直に映る。(本書の基となった『知恵の七柱』においては、さらにその事に煩悶する記述が多いらしいが)この時代の英国の三枚舌的な外交の歪みが現代のアラブ世界の混迷を招いた事が本書を通しても浮かびあがるが、それが様々なゲリラ戦の冒険小説的な興趣と相反することなく語られることがロレンスという人物の引き裂かれた内面を象徴しているかのようである。なお巻末の解説は本書のいささか複雑な成立事情を詳細にし価値が高い。 砂漠の反乱 (中公文庫) 関連情報
中3の時に、「アラビアのロレンス」はもう2度とロードショウをしないという噂ら踊らされ、片道3時間かけて府中の図書館の自主上映(だったと思うが)を見に行った。初めての衝撃だった。こんなにすごい映画、見たことがなかった。上映3時間があっという間に過ぎてしまった。映画の衝撃で頭がボーとしていたと思うが、家に帰りついたのは夜の11時を少し回っていた。どこをどう乗り継いで自分の家にたどり着いたか、いまでも思い出せない。 アラビアのロレンス オリジナル・サウンドトラック 関連情報
我が国としてはローレンスに関するここまでの研究はなされていなかった。同著者による訳本「知恵の七柱」5巻と共に必携の解説書である。 「アラビアのロレンス」の真実: 『知恵の七柱』を読み直す 関連情報
一、アラビアのロレンスの教訓 アラブ反乱軍を率いるファイザルの英軍政治顧問として、ロレンスは、二つの大きな仕事を成し遂げた。その第一は、アラブの反乱・前半期における1917年7月のアカバ占領であり、第二は後半期における1918年10月のダマスカス制圧であった。特にこの後半期にロレンスを悩ませたのは、次の二点であった。第一にはアラブ部族間の嫉妬・反目である。ロレンスは、アラブ民族の最も重大な欠陥として“恐るべき嫉妬心”を挙げている。第二には、英国人対アラブ人の間の摩擦である。ダマスカス征圧作戦は、エジプト駐在英国司令官アレンビー将軍の指揮下での英・仏・アラブ反乱軍の共同作戦でもあった。そのため英国軍兵士とアラブ軍兵士との信頼関係及び協力関係は、どうしても築いておく必要性があった。ロレンスは、新来の英軍兵士に対して、次のような訓示を行った。 「今後君たちの進む道は、かつて一人の白人も足跡を印したことのない土地であり、アラブ住民たちは決して白人に好意を持ってはいない。トルコ軍を恐れる必要は少しもないが、むしろ同盟軍であるベドウィン族に対してこそ、最新の思慮を払わなければならない。彼らは猜疑深い種族であり、われわれは、その牧地を奪うために来たと考えているに相違ない。何よりも大事なことは、すべて摩擦の原因を避けることであり、もし君達が心外と感じ、侮蔑と感じることがあっても、どうか進んで、いま片方の頬を彼らに向けてもらいたい。」 ロレンスは、このような困難を克服しつつ、アラブ反乱軍による、デラア及びダマスカスの征圧を目指した。またほぼ時を同じくして英連邦・インド軍もデラアへ向かって進軍中であったが、ロレンスとしては、いかなる困難があろうともアラブ反乱軍を先着させ、アラブ反乱軍の功績を、本国の英国にアピールする必要があった。またそれのみが、アラブ独立国家建設の実現へ望みをかけているロレンスの唯一の希望であった。 1918年9月27日、ファイザル率いるアラブ反乱軍は、英連邦・インド軍に先んじてデラアを占領し、三日後の9月30日には、ダマスカス市に突入し、征圧に成功した。ダマスカス市内のトルコ帝国第四軍は潰走し、市公会堂には、高々とアラブの旗がひるがえった。市の当局者は、直ちにアラブ反乱軍の指導者ファイザルを「アラビア国王」として、忠誠を表明した。ロレンスも翌日(10月1日)、イスラム教徒市民の湧き起こる歓呼を受けて入城した。ダマスカス市民にとって、ファイザルのアラブ反乱軍は、長年にわたるオスマン・トルコ帝国の圧政からの解放を成し遂げた真の解放軍にほかならなかった。 市内のイスラム寺院(モスク)からは、次のような美しい祈りの声が鳴り響いていた。『アラーは偉大なるかな。アラーの外に神なし。モハメッドこそその預言者なれ。されば、来たり祈れ。安きに来たれ。』『おお、ダマスカスの市民よ、アラーは今日われらに大いなる恵みを垂れた給えり。』 ダマスカス市は、解放の喜びに包まれた。道は人で埋まり、窓も露台も屋根も真っ黒な群衆だった。 一方、ダマスカス市を軍事的に解放したアラブ反乱軍の次の任務は、アラブ人の統治機構(政府)を一刻も早く樹立することにであった。ロレンスの政治的識見及び才能は、この時にもいかんなく発揮された。 「叛徒、とりわけ成功した叛徒(アラブ反乱軍)は、当然、被治者としては良民でなく、まして統治者としてはさらに不適当である。遺憾ながら、当局ファイザルの仕事は、しばらく戦友を遠ざけて、これらに代わるにむしろトルコ政権にあって有能であった人物を用いることである。」と、ロレンスは進言した。 ロレンスの進言を受けたファイザルは、旧オスマン・トルコ帝国政府任命の市政府を廃したものの、旧知事及び助役をそのまま軍政長官と長官代理として任命し、一方、治安担当の軍司令官は、戦友(アラブ反乱軍)のヌリ・サイドを任命してバランスを図った。ロレンス指導の下にダマスカス市の軍政は、警察・給水・点燈・衛生・消防・治安・救済・給食・交通・通信等、各部門にわたって施行され、ダマスカス市の民心は、驚くべき速さで安定をみた。 二、 ブッシュのイラク戦争 一方、2004年のイラク戦争において、米軍がバグダットを征圧した2004年4月9日、一夜にしてイラク国軍・民兵組織・バース党の官僚たちは、一斉に「消滅」した。(※後になってこれは、フセイン体制派による“戦略的撤退”であったとする説が有力である。)当初、米軍及びチャラビらの亡命者グループは、投降した旧フセイン体制下の軍・官僚達を温存した形での治安の回復と行政機構の再建というシナリオを描いていたのであったが、もろくも崩れさった。バグダット市内は、略奪が横行し、無秩序状態が出現した。またバグダットを征圧した米軍兵士達は、戦闘訓練は受けていたものの、治安・警察活動に必要なアラビア語の習得など、十分な訓練を受けておらず、治安回復は遅々として進まなかった。 戦後復興のために4月中旬、バグダットに着任した米国のガーナー元中将(イラク復興人道支援室長)は、首都バグダットにおける治安の回復及び行政機構の再建に失敗し、早くも5月上旬には、解任された。後任人事として、テロ対策の専門家であっるブレマー文民行政官が5月15日、バグダットに着任した。ブレマー行政官は、大胆な占領政策の転換に着手し、旧フセイン政権の軍・官僚機構の解体に乗り出した。着任後直ちに、旧政権党バース党員の公職追放令を発し、イラクの省庁からバース党員の幹部を排除するように指示を出した。米CIA幹部は、「3~5万人を地下に潜伏させる」と言って反対した。さらにブレマー行政官は、イラク正規軍及び精鋭部隊の「共和国防衛隊」などの国軍の解散を命じた。これに対しても米CIA幹部は「さらに35万人を怒らせてしまう。彼らは銃を持っている」と言って反対した。(ニューズウイーク日本版、2003.10.8号・参照) またCPA(暫定占領当局)で働く現地のイラク人は、「ブレマーは、イラク軍とバース党の解体を命じた。これが多くのイラク人から定職を奪い、図らずもフセイン派のゲリラに参加させる結果になったのかも知れない。」「バース党員の多くは、フセインを支持しておらず、米国に協力する気でいた。しかし、ブレマーが戦後復興から党員を締め出したから自暴自棄になった」とも言っている。(同上) またイラクの占領統治に詳しい米国防総省高官は、「イラクでは、ブレマーの暫定占領当局(CPA)が嘲笑の的になりつつある。バグダットの大統領宮殿(CPA所在)で暮らす800人の内、アラビア語が話せるのは、17人で、イラクの専門家は1人だけ。しかも論文ばかり書いている」と述べている。(同上) このブレマー行政官の強硬路線が発動された5月上旬から、12月上旬のフセイン拘束に至るまでの約半年間、反米テロ・ゲリラ勢力による襲撃事件はどんどん拡大していくばかりであった。とうとう米軍は11月上旬より限定空爆を再開し、反米勢力掃討作戦(アイアン・ハンマー作戦)を開始した。これは“戦後復興”どころか明らかに“戦争状態”への逆戻りであった。この反米勢力掃討作戦が開始された昨年11月頃のイラク国内情勢について、米CIAは次のような極秘報告をホワイトハウスに対して行っている。(1) イラク国民は、米軍主導の占領軍に失望感を強めている。(2) 以前は傍観していた住民達が、ゲリラの隊列に加わっている。(3) 抵抗勢力(反米勢力)は、武器弾薬を容易に入手できる。(4) フセイン旧政権の残存勢力と外国から流入した過激勢力とが連携を強めている。また占領初期に解任されたガーナー元中将は、11月26日、英国BBSのインタビューにおいて、「イラク国民との意思疎通が欠けていた。彼らを信頼すべきだった。」という反省の弁を述べている。 以上のように昨年来の米英軍によるイラク占領統治を振り返って思い起こされるのは、85年前、第一次大戦下・アラビアのロレンスの時代におけるダマスカス解放のことである。今回のイラク戦争及び占領統治においては、85年前のアラブ解放のシンボル・ファイザル王(イラク民主化のシンボル)も存在せず、さらにはアラブ人から絶大な信頼と尊敬を獲得していた英軍政治顧問・ロレンスの如き人物も存在してはいなかったということである。 アラビアのロレンス (岩波新書 赤版 73) 関連情報
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